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東城の半生

2026 3/08
未分類
2026.3.23

子供時代

1993年4月24日、ふた足早い夏を感じさせる夕方に、鹿児島市で生まれる。

予定よりも遅く生まれてきたものの、2,500gに少し届かず、処置室でいろいろな管をつけられていたようです。

4歳。いつも新しい発明を頑張っているバイキンマンを応援していた。
でも一番好きだったのは、面白くて優しいホラーマン

幼稚園・小学校・中学校は、毎日行き渋りで、筋金入りの「学校嫌い」です。勉強というより学校生活が苦痛でした。

「子供でこんなに苦労するなら、大人になったらどれだけ大変なんだ」と絶望していましたが、これは杞憂で済みました。なので、仕事で大変なことがあっても「子供の頃よりは全然いい」と思えます。

12歳。カメラを向けられるのが嫌だったので、まともな表情の写真が全然ない

長い高校時代

高校に進学して数ヶ月で、学校生活の大変さ・家庭での出来事・対人コミュニケーションの難しさなど、色々なストレスが複合的にたたって、うつ病になってしまいました。

自分の心の性別を、男性だとも女性だとも感じない「ノンバイナリー(Xジェンダー)」であることを知ったのも、この時期です。幼稚園からずっと「何かとても根本的なことに耐えがたいが、何がおかしいのかわからない」と感じ続けてきましたが、ようやく自分の状態が言語化されました。

この時期に「アニマルセラピー」的な意味で飼い始めたのが、当事務所名の元となっている、文鳥の「ぶんちゃん」です。ぶんちゃんは何も言わなくても全てを知っている、非常に偉大な存在で、今は「すべて」に還っています。

高校で何年か留年しながら、保健室登校などをして復帰を試みていました。しかしなかなか寛解(回復)しないので、通信制の高校に再入学することになりました。

休んでいる間も、漫画研究部の部誌にはオリジナル作品を寄稿していた

通信制の高校にはいろいろな人がいて、同調圧力などもなかったので、あまりストレスを感じずに過ごせました。

この頃に、「人生の転換点」がありました。あるヘヴィメタルバンドのアルバムをTSUTAYAで借りて聴いてみたところ、とんでもない衝撃を受けたのです。

バンドの作品やグッズを買うためにアルバイトを始めたり、ファン同士でコミュニケーションをとったり、夜行バスで遠征に行ったりして、少しづつ社会性が育まれていきました。

専門学校時代

そんな感じで高校は卒業できましたが、この時点で22歳だったので、あまり時間もお金もかけられないと思い、2年制のデザイン専門学校に進学しました。

うつ病になるまでは「将来の幅を広げるために勉強しておこう」と思っていましたが、特に行きたい学部や会社もないのに大学受験というのは気が進みませんでした(哲学科には興味があったけど、さすがに就職できないと思った)。

そこで、もともと好きだった「お絵かき」を活かせそうで、就職先もありそうな「グラフィックデザイナー」になろうと思ったわけです。

どこかに毎日通うこと自体が久しぶりだったので、「また行けなくなったら困るな」と不安でした。しかし思いの外、専門学校での生活はとても楽しく、今でも母校の教室は私の「ホーム」です。

デザインを作ったり絵を描く授業ばかりだから楽しかったのもあるけれど、一番の理由は親友に出会えたことでしょう。彼女は私と人生に対する価値観が全然違うけど、お互いに実力を認め合い・信頼し合っている、素晴らしい関係なのです。

専門学校での楽しそうな姿

社会人

専門学校卒業後は、「通信制高校サポート校」を運営している会社に、デザイナーとして就職しました。その後、デザイン事務所に転職。

デザイン事務所のスピード感に慣れてきたころ、「私は全然モテないから、結婚生活が自分に向いてるかどうかを確かめるなら、いま婚活したほうがいいな」と思い至り、マッチングアプリを始めました。

「結婚は一人だけに気に入られればいいんだ。モテる必要はない」と考えて、文字数制限ギリギリの真剣すぎるプロフィールを書いたところ、哲学的立場や思想がほぼ同じ人間と出会えたので、1年後に結婚しました。

デザインを作りながら、後輩社員を育てたり、お客様の打ち合わせや撮影現場にも行って、まぁまぁ実務経験が積めたな…と思ったころに30歳になったので、やや見切り発車で独立しました。

退職後しばらくは毎日12時間ぐらい寝ていましたが、半年くらいしたら突然、正常な睡眠時間になりました。

そんなこんなで、今に至ります。

このような半生を送った結果、好きな言葉は
「諸法無我」「巨人の肩の上に乗る矮人」「塞翁が馬」になりました。

今のところ、客観的にはともかく主観的には「右肩上がりの人生」で、おおむね年齢を重ねるほど楽になっているので、いつ下り坂が来るのか心配です。とはいえ、私のような人間の「黄金期」は、40代以降に来る気もしています。

幼稚園からの幼馴染は、現在の私を
「昔の雰囲気とは別人みたいに幸せそう!」と言ってくれます
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